♪木曽の御嶽山は 御嶽山登りある記 トンデモナイ♪  2001.9.29

9月29日、午前2時40分、車で自宅を出発。
夜空は雲ひとつなく、東の空からは早や、オリオン座が上ってきている。
星を数えつつ、トラック群にはさまれて高速道路を北上。
4時間半で木曽御嶽山ロープウェイ乗り場に到着した。
「早起きしたら、やっぱり、早よ、着くなあ」と夫。
「早起きちゃう。昨日の晩、寝てへんだけや」と宵っ張りの娘。

霊山御嶽山も中高年・熟年登山者の姥盛り。
名鉄観光バスツァーの団体さんが後ろに並ぶ。
あんなおばあちゃんでも登るんや。がんばらんとな、と武者震いする私。
「武者震いって何?」
「戦う前に緊張して震えることや」
「ただ、寒いだけちゃうか?」
うん。確かに寒いわ。10度もない。ブルブル…

頂上は目の前に晴れやかにくっきりと望める。
あんな高いとこまで登れるかなあ。
闘志を胸に秘めて、8時15分始発のゴンドラ型ロープウェイに乗り込む

ロープウェイ乗り場から御嶽山を望む

ロープウェイで一気に1570mから2150メートルの7合目へ。
ここから御嶽山頂上の剣が峰3067mまでひたすら登るのみ。
頂上まで3時間15分の道のりである。

登山道は木の階段状で登りやすい。
ここから8合目の山岳紅葉地帯まで70分の予定。
後ろからやって来る団体さんに追いつかれんように元気に出発。
霜柱が登山道の脇にザクザクへばりついている。
「あと10分」の案内看板に励まされ、まばらな林をすっと抜けると、
突然に視界が開けて、目の前の山肌は美しく紅葉。
ナナカマドの赤とハイマツの緑のコントラストがくっきり。   バンザイ!

まだ、10時前だというのに娘はお腹がすいたと言って、おにぎりやパンを食べてしまう。
上の山小屋では食堂もあるらしいし、
この上天気、遭難することもないだろうと、持参の食料をあらかた食べつくしてしまう私たち一家。
オイオイ、大丈夫かい?

右に左に紅葉をお供に次の目標の9合目に向かう。
ハイマツの斜面を抜けると、道はゴロゴロと岩が増えてきて、賽の河原状態で歩きにくい。
空気が薄くなっているからかすぐに息切れがする。

岩の合間から手を振る 

このあたりまで来ると、夫も私も息も絶え絶え、休憩ばっかりになって、ウサギはついにカメさん団体に追い越される始末。
ガイドの後から一列になって、皆さん黙々と登ってゆかれる。
平均年齢60歳くらいのこの人たちの元気さを見よ。あきれるばかりである。

 ああ、しんど、もう、登られへん

小屋がすぐそこに見えているのに、これがなかなかたどり着けない。
もう、バテバテで、景色を見る余裕なぞなし。

足元から目を離すとフラフラしてよろけそうになる。
人工内耳の手術をしてから平衡感覚が損なわれている私は怖かった。
前夜降った雪が少し岩の隙間に残っている。風も冷たい。

9合目の上の小屋でカップラーメン600円とカレーライス800円などを食べて、
また、少し、元気を取り戻した。
何ぼなんでも、ここで止めるわけにはいかへん。
何のためにここまで這い登ってきたのか。
私、まだ、3000m以上の山に登ったことないねん。
ここから頂上まではあと少し、頂上に興味のない娘は小屋で待ってると言う。
ここまでついてきただけでもエライ。
娘が一番へばると思っていたのに、一番元気であった。
もう、頂上の石の鳥居が目の前だ。最後の石階段がツライ!足が上がらない。
          

                 ついに3067mのてっぺんに立つ

富士山方面は雲があって見えなかったが、
乗鞍岳、槍ヶ岳、八ヶ岳がきれいに見える。
風が穏やかなのも幸い、歩いていると汗ばむくらいであった。

さて、ここから、下るわけだが、登るときはアレだけひいひい言っていた夫がさっさと降りてゆく。もう思い出したくもないほどに、下りは登りよりも疲れ果てた。
よくもこれだけ、登ったものだと我ながら感心もしたが、
「登りは体力、下りは技術」というように、下るのは気が抜けない。

今回の山登りで、自分の限界がよーくわかった。
木曽の御嶽山はトンデモナイ。標高差900mが私の限界である。
これでも生駒山の1.4倍やで。
もう、趣味は山歩きなんて偉そうに言えませぬ。
趣味はパソコンに鞍替えだい。
しかし、なんで、あのおじさんおばさんらはあんなに元気なんだろう?

その日の温泉も夕食の土瓶蒸しも疲れ果ててよく味わえなかった。

でも、たぶん、筋肉痛が治ったら、また、どこかに登りたくなるんだろうな。


 
    ロープウェイ乗り場のサルビア・ファリナセア              麓の朴の木平のコスモス園

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