ニュージーランド旅行記 「マウントクックで星を見る」  

 人工内耳友の会関西「ふれあい」2005年冬号より転載 

 ニュージーランド(以下NZ)はなぁんもない。羊さえもろくにいてへんやん。
人口の10倍もの羊が居るNZ。牧場には羊がわさわさ、うじゃうじゃ、もこもこと群れているんだろう、という牧歌的予想は見事はずれた。確かに牧場はある。羊もぱらぱらとは居た。国立公園以外の土地はすべて柵で囲った牧場になっているんだけど、だだっぴろい原野か、野原のようなのが続いているばかりで、羊の姿もあまり見かけない。第一、家がない。人もいない。バスで走っていても、時おり通過する小さな街か村のようなところ以外はとにかく何もない。道路と電線が遠くまで平行しているだけだ。ここに住んでいる牧場の子どもたちは学校に通うにも遠すぎて、通信教育のようなものを受けているとか。

 山に木々もほとんどない。茶色っぽい荒涼たる風景が延々と広がる。国道を走っていてもこんな景色だから、山の中に入っていけば、それこそ、「ロード・オブ・ザ・リング」の異世界だろう。映画「ラストサムライ」の冒頭シーン、サムライ同士が互いに戦う場面もNZで撮影された。映画では明治初期の日本の設定なのに、背丈ほどの羊歯が茂っているのが非日本的で違和感があってしかたなかったが、ここで撮影されたとわかれば納得する。と、いって雨が少ないというわけでもない。
NZ南島の背骨を貫くサザンアルプスの周辺は年間降水量が屋久島の2倍近くもあって、麓からマウントクックの山容を望めるのは年間2割ほど、週に2日見えたらいいほう、というほど曇りや雨が多い気候である。「大雨が降っていても、部屋干しの洗濯は一晩で乾きます」と現地ガイドさんが言っていた。乾燥してるのか湿潤なのか、わけわからん所である。

 1月25日出発。直前まで会報の編集やら原稿書きに追われ、おまけに中耳炎になりかけて(人工内耳でないほう)出発日に耳鼻科で山ほど薬をもらったりと、かなりあわただしかった。今回のNZの旅、何がいちばん気がかりだったかというと、NZの目まぐるしいお天気のことである。インターネットで「世界の天気」を見ると、毎日曇りか雨で最高気温も20度前後しかない。ホームページ仲間の人が偶然2週間前に同じコースを旅行されて、このときは年に1日あるかないかというチョー快晴で、マウントクックも南十字星もバッチリOKだったとのことだ。私らが出かける時には、もう、そういう幸運は残されてへんやろとあきらめの気持。少々の雨は覚悟しても、せめて、ハイキングの時くらいはチラッとマウントクックが見えてくれたら、そして、あわよくば南十字星も…と私にしては至って謙虚、弱気の姿勢であった。今まで、この友だち3人の旅ではにわか雨以外は降られた事なしという、最強晴れ女揃いということが唯一の希望の星である。
NZ観光の予習も心準備もそこそこに、スーツケースに荷物を詰め込んで、あたふたと、関空からNZ航空機に乗り込んだ。飛行機の座席は私だけポツンと離れていて、機内食の案内がわからなかったけれど、隣のご夫婦が親切に説明してくださって大丈夫だった。
そして、そのお天気の結果はというと、これ、この通り! ウフフ…と、含み笑いが止まらんくらいの、本日晴天なり、夏日の毎日であった。

 もちろん雨は一滴も降らず、うす曇が1日ほどあっただけで、アルプスの山々はいつもあるべきところに聳え立ち、南十字星は毎夜その麗しい十字架で私たちを見守ってくれていた。
北半球の北斗七星と同じくらいその名が知れ渡っている南十字星。格好のよく似たニセ十字という星が近くにあるし、天を見上げればすぐにわかるというほど目立つ星座でもないらしく、さがし方や見分け方はインターネットで調べておいた。
NZと日本の時差は3時間、向こうが夏の間はサマータイム実施で4時間早くなる。欧州やカナダもそうだが、サマータイムの間は夜の9時になっても明るくて、星を見るには11時にならないと真暗にならない。9時ごろマウントクックの頂きが夕陽に赤く染まり、神々しいまでに美しい。
やがて、風は急激に冷たくなってきて、万年雪や氷河を抱いたギザギザのとんがった峰や山稜が360度、黒々としたシルエットになって取り囲んできて、まるで、ヒマラヤの地にいるかのような錯覚に陥る。ホテル主催の「星空ウォッチング」のバスに乗り込んで、開けた場所まで行く。まず、見慣れた星座のオリオン座が頭上に大きく絵を描いている。でも、よく見ると、ちょっと変。四隅の星の並びは同じように見えるけれど、中の三ツ星、その下のオリオン星雲の位置がおかしい。ここは南半球、オリオン座が逆立ちしているのだ。南十字星の見つけ方は一度覚えたら、あとはどこにいてもすぐにわかる。その南のケンタウルス座の2個の一等星から、チョンチョンと上に延ばしたところにある小さな十字架型がホンモノで、もっと上の一回り大きな十字型がニセ十字。地球上の全天一、明るい恒星のシリウス、2番目のカノープス、3番目のケンタウルスαがキラキラと並んでいて、天の川がうす雲のように横たわっている。
ようやく空が本来の夜の色合いに沈むころ、東にたなびいているわずかな雲が光ってきた。やがて、満月を少し過ぎた月が昇ってくる。広場に設置された双眼鏡や望遠鏡で昴=プレアデス星雲や土星の輪っかを見た。こちらは日本で見るのと同じなので、特に珍しくもないけど、なんていってもマウントクックで見るお星さまだから、ありがたくて、自然と頭が下がる。イヤ、頭上げんと見えへんか。

 マウントクックの麓ハイキングは、10人に1人の現地ガイドがついた。日本人ガイドのアッキー嬢はニュージーランドの冬季は、日本の夏、礼文島花ガイドをしているとのこと。ウォーキングに近いような快適なハイキング道を地形や花の解説を聞きながら歩いていく。いちばん前なら、人工内耳でもちゃんと聞き取れた。所々で立ち止まっては「はい、ここでクエスチョンです」と世界ふしぎ発見のようなシーンになるのが楽しい。

 私はここのクエスチョンで「今までガイドをしてきて、この質問では初めての正解者です」というのを当てた。その質問というのは、「もし、マウントクック周辺でガスにまかれて道に迷ったら、どうやって方角がわかるでしょう?」「岩についてる苔の方が南?」ピンポーン!何かもらえる?という私にアッキー嬢は「私のハグをプレゼント」と抱いてくれた。

 NZの素晴らしい風景に出会うたび、「ここは、上高地の焼岳と梓川、この流れは奥入瀬渓流で、この湖は蔵王のお釜とおんなじやな。そんで、この辺りは尾瀬ヶ原にそっくりやん」と解説しては友だちの顰蹙をかっていたが、そういうイメージを思い浮かべてもらわんことには、とてもじゃないけど、私の下手な写真ではこの景観を充分に伝えられない。スケールの大きさというのはなかなか写真や言葉では表現できないものだ。
パステルブルーに輝く氷河湖や、切り立ったフィヨルドを巡るクルーズ。森の中、一面に覆われた苔の深緑色、大きな大木の赤ブナの葉の細やかさ。荒涼たる砂漠を感じさせる大地。ガーデニング雑誌に載っているような家が立ち並ぶクライストチャーチの街は、バスの車窓からだけでは物足りなくて、とても心残りだった。家や庭には私の大好きな正統なる英国流が根付いている。

 最近、何かとすぐに忘れてしまう私には、NZの1週間もあっという間のこと、あの美しかった景色もすぐに忘却の彼方、「次はどこ行こ?」となるかな、と思っていたけれど、こうやって、書いているとジワジワと思い出してきて、改めて素晴らしかったと噛みしめている。本当に歴史的な物は何もないが、しんどい目をしなくても、道端からや、少しのハイキングで雄大な自然を目の当たりに見られるNZ。食事もサービスも日本並みに充実していて、気候も温暖、治安良好。これで、英語をしゃべれたら、ロングステイ体験などしてみたくなるわなあ。日本から11時間というのが少し遠いが、何といっても南半球、真冬の日本を脱出して、真夏の香りを身体全身で浴びることができるのだ。それだけでも十分に価値はある。ただし、くれぐれも、「NZは雨の多いところです」というガイドさんのお言葉を覚えておいて下さい。たとえ何も見えなくても、私のせいではありません。

 現地滞在は6日間位だったが、書けば書くほど話が長くなってきて、結局は、ほんの少しのことだけしか伝えられない。会報がお手元に届く頃には、写真やその他のお話など、ホームページの「ひらりんBOX」に掲載できると思います。

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