勝手にコーヒーブレイク(51) 《神秘の宇宙》 高校生だった頃、夜空に散らばる星に魅了され、星座や一等星の名前を片っ端から覚えた。試験勉強に疲れた秋の夜更け、突然オリオン座を見たくなって、勉強部屋の窓から塀に跳び移り、塀の上に立ち上がって、納屋の屋根の庇によじ登り、大屋根のてっぺんにまたがって、遠く生駒山方面から上ってくるオリオン座をうっとりと眺めたこともあった。 信州方面に旅行に行けば、満天の星を見上げるのが楽しみであり、息子が小さかった頃、子どものためというよりは、自分が欲しくて天体望遠鏡を買った。自宅のベランダから月のクレーターや土星、白鳥座のくちばしの二重星のルビーとサファイアを見た。5年前、ニュージーランドで南十字星を見たときもちょっとした感激もんだった。 惑星探査ロケット「はやぶさ」の帰還が世間をにぎわしたのは今年の6月のことなのに、すでに人々の記憶から薄れてしまったんじゃない?『はやぶさの大冒険』は、まだ世間の注目もほとんどなかった2003年の打ち上げから2010年の帰還まで7年間、綿密な取材を重ねたドキュメンタリーである 太陽の周りを回っている地球の小さな兄弟の小惑星は6000個くらい発見されていて、「たこやき」「仮面ライダー」などユニークな名前を持っているものも多い。はやぶさが降り立った小惑星は日本のロケット開発の父である故糸川英夫博士にちなんだ「ITOKAWA」(イトカワ)という。2003年5月9日、はやぶさが鹿児島県内之浦宇宙センターから発射されたとき、宇宙センターの司令部の中で職員はヘルメットかぶっていた。もし、打ち上げに失敗したらすぐに破壊指令が出されて、バラバラとロケットの破片が落ちてくるからだ。粗末なプレハブ小屋のような、信じられないほどおんぼろセンターだった。発射から15秒後に無事衛星軌道に乗ると、ヘルメットは脱ぎ、MUSES-Cという味気ない名前に「はやぶさ」の愛称が発表される。地球からはるか彼方のイトカワに着地させるのは、東京から2万キロ離れたサンパウロの空を飛んでいる体長5mmの虫に弾丸を命中させるくらいの精密度が要り、必要なエネルギーはイオンエンジンとソーラーパネルで電力供給する。 わりと真面目だった私の高校時分、赤点取ったのは物理1回きり、追試で何とか合格できたものの、今も昔も物理は全くダメ。はやぶさに搭載されたイオンロケットの説明箇所は、何度も読み返してもその理論がわからない。ロケットや宇宙開発というと、どうしてもアメリカやロシアの超大国だけが先進国だと思ってしまうが、これを読むと「JAXA(ジャクサ)宇宙航空研究開発機構」、日本の宇宙研究や技術だって、世界に誇れるたいそうりっぱなものなんだとわかる。事業仕分けなどで簡単に減らされてたまるか。 順調だと「イトカワ」に降り立って地球に戻ってくるのが2007年。しかし、イオンエンジン4基のうち1基故障、また、1基…とダウン、他に重大な燃料もれも見つかり、いっとき行方不明になったり、イトカワに着地予定の小型探査機も故障で宇宙の果てに消えてしまう。しかし、世界149カ国88万人の名前の入りのターゲットマーカーは05年11月26日にイトカワに落下された。相次ぐトラブルと故障のためにはやぶさの地球帰還は3年延期になったものの、果たして2010年に無事に戻って来れるのか?はやぶさを取り巻く人々の努力と根性で、ついに6月13日、オーストラリアの砂漠に落下した。その鮮烈な光の軌跡ははやぶさの名前とともに忘れることができない。プロジェクトマネジャー川口さんは「自らの運命をわかっているはやぶさは本当は帰りたくはなかったのかも…」とつぶやく。 広くもない管制室にはたくさんのお守りや御札が置かれ、その中には、私の家のすぐ近くの八幡市の飛行神社のものもあったとか。 『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』 山根一眞 マガジンハウス |