勝手にコーヒーブレイク(49)   《林業っておもしれ〜》

 将来に何の目標もなく、ダラダラと過ごしていた普通の高校3年生の平野勇気が、母と学校の先生の陰謀により、三重県の山奥の神去(かむさり)村に林業研修生として放り込まれて、林業に目覚めていくという小説である。

 山奥のそのまた深く分け入ったところ、「ケータイ電波も届かん村には要らんわい」と、初日に世話係のヨキにケータイをポイと捨てられ、外界から完全に隔絶されてしまう。逃げ出そうにも交通手段は村の人たちの車しかなく、母を恨みつつ、しょうことなしに山林生活に突入する。早寝早起き、地下足袋をはいて、険しい杉林を這いずり回り、見たこともない虫に飛び上がり、でっかいおにぎりの昼食に感動し、日々、山仕事をこなしていく。

 村の主というような繁ばあちゃん、寄宿先の林業男の金髪染めのヨキ、雇い主の中村林業の子どもの山太、そして犬のノコ。

山仕事は単なる職業ではなく、生き方そのものであることを感じ取っていく。

 ある日、山太が神隠しにあったかのように突然、居なくなってしまった。村の人たちは総出で捜索にあたるが、山太は見つからず、繁ばあちゃんのご神託で神去山にお迎えに行くことになった。捜索に加わる男たちはまず、水風呂に入って塩で体を清め、白装束に身を固め、鉦を打ち鳴らしながら、山の神さんの住む神去山に向かう。なんや、なんや?と訳わからぬまま、勇気もその列に加わった。行方知らずの山太はいったいどこにいる?

 山の1年はゆっくりなようで、季節は巡っていく。雪が溶け出すと、山仕事が始まる。木々の芽吹きの美しさ、静けさ、鳥や獣たちの気配、真夏の暑さの中での作業にダニとヒルが食らいついてきて悲鳴を上げたり。

 昨秋、京都花背の里をカメラを持って歩いていたときのことだ。覆いかぶさるような杉林の上のほうで木を伐採して、それを道路まで運び下ろしている作業を見たことがある。まっすぐに立っているのもおぼつかないような急斜面でぶっとい木を倒し、丸太を少しずつ下ろしていくのは大変な労力を要するだろう。

 安価な外来木材に押されて、日本の林業は立ち行かなくなり、山は荒れ放題のままになっているところが多い。林業は手間もヒマもかかる。ほっておくと荒れてしまって、元も取れなくなる。漁業や農業のように1年で成果が見えるわけでもなく、好きじゃないとできない仕事である。廃れゆく日本の林業に未来はあるのだろうか。

 「面倒くさがりで、状況に反抗する気概ってもんがない」勇気は適応力が高いともいえ、林業に向いているかもしれないが、果たして、勇気は最後まで林業留学に耐えうるのか?山仕事に慣れた頃、山でいちばん怖い山火事が起こった。危険を顧みず、積極的に消火に当たった勇気はようやく新参者から村の一員として認められることになった。

 11月、意味のわからない神事やしきたりでいっぱいの村の秋祭りに、もはやよそ者ではなく村の男として参加する。夜中の2時に起きて、冷たい川で水行して、またもや白装束に身を固め、鉦やチェーンソーを担いで、暗やみの山道を村の男たちと共に登っていく。今、まさに、村の秘密でもある神去山そのものに近付いていく勇気…

 神去山の奥深く巨大な千年杉が切り倒され、山の急斜面を順番に滑り落ちていく勇猛な光景は、諏訪の御柱行事のごとくである。この小説、きっと映画になるんでは?

なあなあ日常」  三浦しをん 徳間書店

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